「退職日を1日間違えただけで、もらえる失業手当が100日分消える」——60歳以上の定年退職者が知っておくべき雇用保険・年金・社会保険の実践ガイド

お金の知識

みなさんこんにちは! バンスです! 日頃から仕事で経理、人事や介護事業に携わっています。日頃の業務の中で疑問や問題に直面した時に深堀した内容についてみなさんに共有できればと思い発信しています。是非参考にして下さい!


「うちの父、来月定年なんですけど、辞めてすぐハローワークに行った方がいいんでしょうか?」

「再雇用の話を進めているんですが、社会保険料ってどのタイミングで下がるんですか?」

「定年後に一度完全に辞めて、少し休んでから働きたいという相談を受けたけど、何に注意させればいいか自信がありません」

以前の記事「雇用保険=失業手当だけじゃない」では、雇用保険の給付メニュー全体を「地図」として整理しました。今回はその地図の中でも特に相談が多く、かつ手続きのタイミング一つで手取り額が数十万円単位で変わる「60歳以上の定年退職」にテーマを絞り、深掘りします。

先にお断りしておくと、本記事では**「特別支給の老齢厚生年金」に関する内容は扱いません**。この年金は、男性は昭和36年4月1日以前、女性は昭和41年4月1日以前生まれの方が対象で、現在60歳を迎える方の多くはすでに対象外だからです。ネット上では今もこの年金を前提にした「時期ずらし受給」のような裏技が紹介されていますが、対象外の方が同じ手順を踏んでも効果はありません。今回は、現行制度で実際に機能する手続きだけに絞ってお伝えします。


60歳定年、進路は3パターン——まず全体像を押さえる

定年(または60歳到達)を迎えた方の進路は、大きく3つに分かれます。どのルートを選ぶかによって、使うべき制度と手続きの順番がまったく変わります。

進路概要使うべき主な制度
① 同じ会社で再雇用される定年翌日から継続して働く高年齢雇用継続給付・在職老齢年金・同月得喪
② しばらく休養してから求職活動をするすぐには働かず、一定期間を置く受給期間延長申請(定年特例)
③ 完全にリタイア・転職する退職して求職活動を行う、または働かない基本手当・高年齢求職者給付金

以下、それぞれのルートで実務上どこに注意すべきかを見ていきます。


【ルート①】同じ会社で再雇用される場合:給与設計と社会保険料が要

再雇用時にまず押さえておきたいのは、「年金を気にして給与を抑える」時代がもう終わりつつあるという点です。

2026年4月からは、在職老齢年金(働きながら受け取る厚生年金)の支給停止基準額が「51万円」から「62万円」(賃金水準の反映で実質65万円程度)へ大幅に引き上げられます。給与と年金の合計がこの基準額を超えなければ年金は全額支給されるため、企業は「年金カットを避けるための低賃金設計」から解放されつつあります。

このあたりの制度設計や、高年齢雇用継続給付(60歳到達時点から賃金が75%未満に下がった場合の給付。2025年4月以降に60歳到達の方は上限10%、それ以前の方は上限15%)との組み合わせ方は、以前の記事で詳しく解説しています。

高年齢雇用継続給付の受給要件や、在職老齢年金との関係を踏まえた賃金設計の考え方は、60歳からの「給料ダウン」を補う処方箋。高年齢雇用継続給付の仕組みと実務の急所 をご覧ください。

今回はその先、再雇用が決まった後に総務担当者が必ず実行すべき手続きを掘り下げます。

「同月得喪」を忘れると、3ヶ月分の社会保険料を余分に払うことになる

定年退職の翌日に同じ会社で再雇用される場合、社会保険(健康保険・厚生年金)の資格をいったん喪失させ、同じ日付で再取得する「同月得喪(同日得喪)」という手続きがあります。

通常、給与が下がった場合の社会保険料改定(随時改定)は3ヶ月間の給与平均を見てから行われるため、実際に保険料が下がるのは4ヶ月目からです。つまり、この手続きをしないと、給与は下がっているのに保険料は現役時代のまま3ヶ月間天引きされ続けることになります。

「同月得喪」を行えば、再雇用されたその月から、新しい(低い)給与に基づいた保険料が即座に適用されます。

通常の手続き(随時改定)同月得喪
保険料が下がるタイミング4ヶ月目から再雇用初月から
必要書類退職日の確認書類(退職証明書等)、新賃金の確認書類(雇用契約書等)
提出先年金事務所(資格喪失届・資格取得届を同時提出)

賃金が大きく下がるケースほど、本人・会社双方の社会保険料負担への影響は大きくなります。再雇用が決まった時点で、総務側から積極的に案内すべき手続きです。


【ルート②】しばらく休養してから求職活動をする場合

定年退職後、すぐには働かずに一定期間休みたいという方もいます。この場合、原則として基本手当(失業給付)は「すぐに働く意思と能力があること」が前提のため受給できませんが、**受給期間延長申請(定年特例)**を行うことで、休養後に手続きを行うことができます。

  • 対象者:退職時の年齢が65歳未満の方
  • 申請期限:離職日の翌日から2ヶ月以内
  • 延長できる期間:最大1年間(本来1年間の受給期間に、休養したい期間を加算)

申請期限がタイトなため、「少し休んでから動きたい」という意向を退職前の面談で把握できた場合は、早めにこの制度を案内しておくことが実務上のポイントです。


【ルート③】完全にリタイア・転職する場合:「64歳11か月退職」で給付日数が3倍に

3つのルートの中でも、実務上もっとも「知っているかどうかで差がつく」のがこのパターンです。

雇用保険の基本手当は、65歳を境に給付の種類そのものが変わります

退職時の年齢(法律上の計算)給付の種類加入20年以上の支給日数
65歳未満(例:64歳11か月)基本手当(通常の失業給付・分割受給)150日分
65歳以上高年齢求職者給付金(一時金)50日分

同じ人が同じ被保険者期間を持っていても、退職するタイミングが65歳の前か後かで、受け取れる給付日数が最大3倍変わります。

なぜ「65歳の誕生日」ちょうどではダメなのか

法律上、人は「誕生日の前日」に1歳年をとります(民法上の年齢計算に関する法律)。7月15日生まれの方であれば、7月14日に65歳に到達したことになります。

つまり「65歳未満」として退職する権利を得るには、誕生日の前々日までに退職している必要があります。退職日を実際の誕生日に設定してしまうと、すでに法律上は65歳に到達しているため、150日分ではなく50日分の給付しか受け取れなくなります。この「1日」の違いが、実務上もっとも見落とされやすいポイントです。

ハローワークの手続きは「65歳の誕生日以降」に

65歳未満の間に基本手当を受給する場合、老齢厚生年金と併給調整のルールがあり、ハローワークで求職の申込み(基本手当の手続き)をしている期間は、老齢厚生年金の支給が停止されます。

一方で、65歳以降はこの併給調整のルールが適用されなくなります。そのため、退職自体は65歳未満(64歳11か月)で行って150日分の受給資格を確定させ、実際にハローワークで手続きをするのは65歳の誕生日以降にする、という順序を踏むことで、年金を1円もカットされることなく基本手当150日分を受け取ることができます。

実行前に必ず確認したい「4つの落とし穴」

この方法は強力な一方、確認を怠ると結果的に損をするリスクがあります。単純な給付額の計算だけでなく、退職金や有給休暇まで含めた「トータルでの手取り」で判断することが重要です。

  • 退職金の減額リスク:定年前に自分の意思で退職日を前倒しすることになるため、会社の退職金規程によっては「自己都合退職」とみなされ、退職金が数十万〜数百万円単位で減額される可能性があります。実行前に必ず退職金規程の自己都合減額率を確認してください。
  • 受給期限(1年間)のリスク:基本手当の受給期限は「離職日の翌日から1年間」です。65歳以降の手続きを先延ばしにしすぎると、150日分を消化しきる前に期限切れとなり、給付の一部が失効します。
  • 有給休暇の引き継ぎが途切れるリスク:定年再雇用として継続する場合は有給休暇が通算されますが、一度完全に退職して間を空けてしまうと、残っていた有給休暇(最大40日分)が消滅する可能性があります。
  • 社会保険の空白期間が生じるリスク:退職から次の手続きまでの間、国民健康保険への加入義務と保険料負担が本人に発生します。

この方法を従業員に案内する際は、メリットだけでなくこの4つのリスクをセットで伝えることが、後々のトラブル防止につながります。


総務実務の急所:同一労働同一賃金と「基本給60%未満」の壁

ここからは、進路にかかわらず総務・人事担当者が押さえておくべき法的リスクです。

再雇用後に賃金を引き下げること自体は違法ではありませんが、「名古屋自動車学校事件」(最高裁判決 令和5年7月20日)は、その引き下げ幅に一つの目安を示しました。

職務内容が定年前と変わらないにもかかわらず、基本給を定年前の60%未満に引き下げることは、不合理な待遇差として違法と判断されるリスクが高い、という点です。

賃金を下げる場合に必要な「証跡」

単に「定年だから」という理由だけで賃金を下げるのではなく、以下のような役割・責任の変化を明文化し、証跡として残すことが重要です。

  • 部下管理の免除、決裁権限の縮小などを「職務記述書」として作成する
  • 雇用契約書に「責任の範囲」「権限の大きさ」「異動の有無」を明記する

手当ごとの支給要否の目安

手当の種類判断の目安
通勤手当・家族手当・住宅手当実費補填・生活保障の性質が強いため、原則同一支給
精勤手当・皆勤手当皆勤を奨励する目的であれば、再雇用者にも同様に支給
役職手当役職そのものが解除される場合は、差異が容認されやすい

賃金テーブルを設計する際は、「定年だからいくら下げる」という一律の発想ではなく、職務の変化に応じた個別判断が求められる時代になっています。


知っておくべき基本ルール:有給休暇の通算と退職金の税務メリット

有給休暇はリセットできない

定年後に同じ会社で再雇用される場合、労働基準法上は「継続勤務」として扱われるため、有給休暇の残日数はすべて引き継がれます。「再雇用だからゼロからリセット」という運用は労働基準法第39条に抵触します。

退職金は「一時金」で受け取ると税制メリットが大きい

定年退職金を一時金でまとめて受け取ることは、シニアの資産形成において大きな節税策になります。退職所得控除(例:勤続38年であれば2,060万円までが非課税)が適用され、それを超えた部分についても課税対象額が2分の1になる「2分の1課税」が適用されるためです。

年金形式(分割)で受け取ると、この非課税枠が使えないだけでなく、翌年以降の健康保険料や住民税の算定基準にも影響します。定年前の面談で、この違いを本人にきちんと説明できるかどうかは、企業側の従業員エンゲージメントにも関わってきます。

なお、定年退職・離職時の公的医療保険(任意継続・国保)や年金の選び方については、以下の記事で詳しく整理していますので、あわせてご確認ください。

定年退職後の公的医療保険(任意継続・国民健康保険)の選び方は、「任意継続と国保、結局どっちが得なの?」——定年退職・離職時の公的医療保険&年金制度ガイド をご覧ください。


総務担当者のための実務チェックリスト

  • □ 対象従業員の退職後の進路(再雇用/休養/完全リタイア)を、退職前の面談で早めに把握している
  • □ 再雇用の場合、「同月得喪」の手続き書類(退職日の確認書類・新賃金の確認書類)を事前に準備している
  • □ 完全リタイアで65歳直前の退職を希望する従業員がいる場合、退職日が「誕生日の前々日」以前になっているかカレンダーで確認している
  • □ 65歳直前退職を検討している従業員に、退職金規程の自己都合減額の有無を必ず案内している
  • □ 定年再雇用者の有給休暇の残日数を、通算した正しい日数で引き継いでいる
  • □ 賃金を引き下げる場合、職務内容の変化を「職務記述書」等で明文化し、証跡を残している
  • □ 退職金を一時金で受け取った場合の退職所得控除について、本人に説明する機会を設けている

まとめ

60歳以上の定年退職は、単に「辞める日」を決める話ではなく、進路(再雇用・休養・完全リタイア)ごとに使うべき制度と手続きの順番が異なるという点に難しさがあります。

今回のポイントは3つです。

① 再雇用なら、給与設計だけでなく「同月得喪」による社会保険料の即時引き下げまでセットで実行する。

② 完全にリタイアする場合、退職日を「65歳の誕生日の前々日」までにするかどうかで、受け取れる給付日数が最大3倍変わる。ただし退職金減額など4つのリスクは必ず事前確認する。

③ 賃金を引き下げる場合は、「定年だから」ではなく職務内容の変化を明文化した証跡が必須。

なお、今回は生年月日要件により現在の60歳の多くが対象外となっている「特別支給の老齢厚生年金」に関する内容はあえて扱いませんでした。ネット上の情報を参考にする際は、その情報が「いつの制度・誰を対象にした話か」を必ず確認するようにしてください。是非参考にして下さい!


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※ 本記事は2025〜2026年時点の情報を基に作成しています。制度の詳細・最新情報は、厚生労働省のウェブサイトおよびお近くのハローワークでご確認ください。

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